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2009年2月24日 (火)

景気回復への処方箋

2月24日の日経新聞の大機小機の著者に見られる様に、30年も昔から思考停止している人もいる。
日本経済は、プラザ合意以降違うステージに立っているのだが、いまだにその状況の変化を理解することなく、過去に正しいという理由で現在も正しいと思考する伝統主義者のいかに多いことかと考えさせられる思いである。
この伝統主義者達が引き起こした過ちが日中戦争から太平洋戦争の過ちである。
陸海軍だけではなく、全省庁が、日露戦争の勝利の幻想に酔い、第一次世界大戦という状況の変化を理解できず、日露戦争の幻想よもう一度と始めたのが日中戦争以降の問題である。
この大機小機の著者も、今までの景気回復のシナリオが再度再現されるという幻想を抱いているのだが、それは痴人の戯言に過ぎない。
痴人の戯言である証拠として、昔は日本企業の生産拠点は、海外になく日本にしかなかったのだが、現在は、世界各国に存在するし、それを裏付ける様に、高島屋は中国に進出しているし、いすゞは中南米に工場を新設する計画を発表したのである。
企業が多国籍化した場合、忠誠を誓うべき相手は、本社のある政府ではなく、禄をくれる市場のある政府である。
これは、ある意味、中世の円卓の騎士と同一の関係であると言える。
故に市場的魅力に乏しい日本市場には、それなりの忠誠心を注ぐことになるため、今後アメリカ市場が回復したからといって、日本経済の回復ということにはならずに、アメリカで工場を新設しながら、日本ては工場閉鎖を進める日本企業が出てくることは間違いのない話である。
我々は、この著者等の様な生まれながらの思考停止世代(この様な思考停止したのは団地の世代前後である)の狂った思考ではなく、状況の変化を的確に認識することである。

2009年2月24日日経 大機小機

 この著者の考え方は政界・財界・官界を代表する考え方であるが、この考え方は完璧な誤りである。
 この考え方は、70年代以前においては、この考え方通り動いたのだが、現在ではこの考え方は一切通用しない考え方である。
 この考え方の前提条件は、日本企業が一切海外生産を行っていない時代であれば、アメリカの景気回復と日本の対米輸出増大という動きにより日本国内の景気回復がなされるという考えであるが、現在日本企業は80年代後半から海外生産を開始しており、海外の景気回復が国内景気の回復の処方箋にならないことは明白である。
 この著者は、1940年から1955年位に生まれた典型的な思考停止世代の考え方である。
 この様な思考では日本経済は破滅の道しかない。
 この腐った思考を批判するように、その日の記事には高島屋の中国進出の記事が出ているし、少し前にはいすゞの中南米の工場建設の話が出ていた。
 これらの記事からも言えることは、この日の大機小機の論説は、日本は私が滅ぼすと宣言しているような論でしか過ぎない。

警察と軍隊

 警察と軍隊は、全く違うものである。その事を一切わからない人の何と多いことかとあきれるのが、今回のソマリアにおける海上自衛隊の派遣問題である。
 反対派は、海上保安庁の艦艇を派遣すれば良いと言い、賛成派は海上保安庁の船は商船構造なので危険なので、軍艦構造の海上自衛隊の艦艇を派遣すべきと言うが、本当の違いは、警察と軍隊の違いがあるため、軍隊を派遣すべきなのである。
 海上保安庁も警察も日本国の領土内においては、治安活動を行う事は可能であるが、外国の領土内では治安活動を行う事はできないという、法理論の基礎的課題を一切理解できていない議論である。
 これを国会議員や学者が行うので笑ってしまうしかない。
 分かりやすく言えば、アフガニスタンに警察官と自衛官が派遣された場合、日本国内の武器使用の原則に従って、テロリストを射殺した場合、自衛官の武器使用の可否を判断するのは、自衛隊であるが、警察官の場合はアフガニスタン政府の法律に基づくのである。
 警察官は、日本国領土から一歩でも外へ出た場合は単なる民間人に過ぎない。
 船舶の場合は、日本国の領海内では日本国の法律に基づき、公海上でも日本国の法律が及ぶが、他国の領海内では、その国の法律に従うのであるが、軍艦の場合は、自国・公海・他国の如何に関わらず自国の法律が及ぶのである。
 分かりやすく言うと、軍隊はいかなる場所にいようとその場所が日本国になるのである。
 海上保安庁の場合では、公海内においてはギリギリ日本国として活動できるが、ソマリア領海内においては、極端な話、海上保安庁の艦艇そのものが海賊扱いされることになる。
 海上保安庁を派遣しろという人たちは、ある意味全世界が日本国の領土であると考えている人々であると言って良い。

強欲資本主義ウォール街の自爆 神谷秀樹x

 この書籍は、現在の不況のアウトラインがわかる格好の本である。
 金の亡者たる投資銀行があり、その投資銀行を助けた共和党政権があり、その投資銀行に対して資金供給の役割を行った小泉ー竹中改悪がある。
 ここ10年位の間に行われた、日米の政策は最悪である。
 アメリカのサブプライムローンがやり玉に上がっているが、日本のゆとり償還も変額ローンも最悪の住宅ローンシステムである。
 アメリカのサブプライムローンが土地が値上がりを続けていく限りにおいて資産が増えていけばローンが完遂できるのに対して、日本のゆとり償還や変額ローンは、給料が倍増しなければ返済できないローンである。
 地価が倍増する可能性と給料が倍増する可能性は、地価が倍増する可能性が高い。
 このサブプライムローンもゆとり償還も庶民を犠牲にし、与党支援者の懐を豊かにするローンである事に変わりはない。
 過剰生産による過剰在庫の問題があるが、自動車で言えば、世界の自動車の必要とする数量が6千万台に対して、生産は1億台作られている。
 即ち世界の自動車生産の2/5は作り過ぎである。
 これは薄型TVにおいても同様である。
 この過剰生産と過剰在庫を消し去らなければ、この不況を乗り切る事はできない。
 全ての企業は人と生産を現在の60%の規模に縮小しなければならないが、これは失業率40%を意味する話である。
 文章で書けば過剰生産を止めるであるが、その数字は失業者が2400万人(失業率40%)出ることを意味する話である。
 これは国家の崩壊しか意味しない。
 この対策は、ノンビリした自民党政権では、国家は崩壊するよりない。
 また、世界破綻を生み出した、小泉ー竹中路線の悪行を正さなければならないが、今だにサンデープロジェクトで田原総一郎は、小泉ー竹中路線は正しいと言っているし、朝日新聞や読売新聞も小泉ー竹中路線を正しいと思考している。
 

政府紙幣への反論

 多くの政府紙幣の発行の反対論は、日銀発行の紙幣は日銀が流通量をコントロールしているが、政府紙幣は、コントロール下にないという考え方であるが、もし政府紙幣に問題があるのならば、国債の発行そのものに問題があることになるのではないのだろうか。
 国債も政府紙幣も、基本的に債権であることに変わりはない。
 また、今期は多くの企業は赤字決算になることは確実な出来事である。
 また、リストラも加速する事から、所得税も大幅に減る事から、今のままで推移するのならば、政府は、何の財源の裏付けの存在しない巨額な国債を日銀を引き受け先として発行する事になり、これは、事実上日銀は通貨のコントロールの放棄を意味することになる。
 この事態を最小限に抑え、企業が円安バブルで作り出した過剰在庫を短期間に処分するために、電子マネーとしての政府紙幣を発行するのである。
 流通期間は半年間できれいさっぱり消えてなくなるものとして発行するのである。
 また、2月8日で与謝野氏はとんでもない事を発言していた、政府紙幣は単位を変えなければならないと言っているが、硬貨は政府紙幣である、単位は両でも銭でもなく、円である。
 この様な嘘を許してはいけない。
 

2009年2月 3日 (火)

雇用の問題

 09年2月1日のサンデープロジェクトで雇用の問題が話し合われていたが、経営者サイドの二人の説は、完全な誤りである。
 まず、正社員化は労働者の為の制度というよりも、経営者サイドのメリットが高い。
 また、同一賃金同一労働の場合は、若年労働者の失業率が上昇する。
 
 正社員化の経営者のメリットは、最大のメリットは経営者が無能でも会社の危機が最小限度に押さえられる。
 経営効率の上昇は、経営者の思索よりも、正社員の経営効率化活動に重きが置かれる。
 トヨタ自動車のQC活動は、この典型であると言える。QC活動の活発化は、正社員の日々の努力で支えられる活動である。これがアメリカの様な仕組みを採用する場合、経営者がシステム設計能力が劣る場合、得られる結果はかなり劣悪なモノになるが、下手なシステムを経営者が作ったとしても、長期雇用される正社員の利益と経営者の利益は合致するため、正社員は日々の経営効率化活動を行い、自分の仕事を越えて他の人々の仕事のフォローを行う事になるが、そのような活動も期待できなくなるため、経営者の能力に左右される要素が多大に増えていくことになるため、経営者幹部層に対して今以上の能力を求めることになる。
 この正社員化とは、戦前の日本陸軍の制度の会社機構への移築である。

 同一賃金同一労働では、経験値が左右されるため、欧州同様に若年層の失業率が上昇することになる。現在のシステムでは、丁稚時代は賃金は安く押さえていき、ある程度の技能を身につけた職人になると給与を上げて行くことになっているため、年齢を重ねた人々の解雇を実施していくことになる。
 もし、同一賃金同一労働の場合は、丁稚の首切りが横行し、職人の地位の安定化に寄与することになるが、現在日本が発展を遂げていった、機械化や省力化の実施は難しいものになる事になる。
 戦後の日本の肯定的側面は、長期雇用における正社員がいるため、オイルショックや工場の機械化に対応できていった。 
 正社員の削減を行うことは、労働組合は現在の各企業別組合ではなく、産別組合になり、アメリカのUAWによる問題点を抱えることになったり、機械化が難しい事態になることになる。

 ホワイトカラーエグゼプションや成果主義は、日本の組織がアメリカの組織の様にレゴブロック化された組織である場合は、各人の職務分担が明確に区分けされ、その職務以外の命令を拒否され現在の様な曖昧な社員管理はできなくなる。
 ホワイトカラーエグゼプションにしても成果主義にしても曖昧な管理システムのまま採用した場合、利益よりも遙かに巨大な害しか発生しないだろう。
 今言われている、成果主義やホワイトカラーエグゼプションは、単純に正社員の賃金下落措置しか生むことはない。
 これは、ごますりのうまい社員が得をするシステムの採用にしかならないであろう。
 そして個人の成績は恣意的な状況に左右されることになる。
 即ち、上司の好悪が社員の成績になることになる。
 また、外資系金融機関で発生した問題は、コンプライアンス上の問題点を発生させた。
 即ち、ここ10年間くらいで採用されたアメリカ型のシステムのほとんど全ては、外資系企業を儲けさせるために採用された制度である。
  
 日本型・欧州型・米国型とそれぞれ特徴を持った制度である。行ってはいけないのは形だけ真似る事である。
 日本型から欧米型に移行するのならば、形だけではなく、心も米国型を採用すべきである。
 これは訳のわからない話にしかならない。
 組織変更せず、米国の制度だけ取り入れても機能不全にしかならない。
 これはある意味、制度としてドイツ参謀本部の制度を取り入れながら、ドイツ参謀本部の肝である所を取り入れず、自身のオリジナル方式を採用し、世界最高のドイツ参謀本部の制度を採用したから日本陸軍は強いのだといった戦前の陸軍高官と変わらない思考である。
 

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