ここでは、かなり大まかな日本社会のたどった、生産に関する変遷、特に重要な状況認識の変更に関して記す。
戦前
規格という概念そのものが、存在しなかった。この為、現在では当たり前の思考が、戦前では当たり前ではなかった。現在3×3の丸ネジと言えば、日本全国目的とするネジを購入することは、可能であるが、戦前はその様な事はかなり厳しかった。この為、同じ三菱重工製でも工場が違うとネジ規格が違う。このため、かわぐちかいじ氏の”ジパング”において、平成に作られた艦艇の修理を行うシーンが描かれているが、現実には不可能である。同時代の違う所で作られた製品の修理が出来ないのに、未来の製品が修理することは不可能である。また、戦前工業規格を持っていたのは、ドイツのDINとアメリカのMILスペックのみであり、それも第1次世界大戦中に誕生した。
かわぐちかいじ氏のどの作品も政治・経済・軍事・技術は常に荒唐無稽であり、この辺は荒巻氏と双璧をなす。
規格の概念がないため、量産品でありながら、手作りの職人芸を要する設計を行う設計技術者がかなり多かった。
オキュパイド・ジャパン期
アメリカの占領統治下、MILスペックをもとに、現在のJIS即ち日本工業規格が誕生した。当時の日本製品は、現在の様に高品質の代名詞ではなく、どちらかと言えば、現在の中国製品に近く、悪かろうやすかろうの代名詞である。
この時代規格の洗礼を受けた企業や大学があり、それが、その後の規格無視主義と規格重視主義に分けた。
規格無視主義者は、現在でも戦前と同様の製品設計を行い、特に機工設計者を分ける要因となる。
現在でも、戦前と同じ設計思想能力しかない機工設計者は多数存在する。
オイルショック
オイルショックは、日本企業にローディングコストの重要性を身につけさせた。
これは、日本に生産性の考え方を植え付け、生産性重視主義と生産性無視主義を分ける働きをした。
この生産性重視主義がトヨタのジャストインタイムと、流通向けジャストインタイムである7ー11のPOSである。
国際化時代以前(マーケティング不在期)
70年代まで、日本製品はアメリカやドイツなどの欧州製品に遙かに及ばず、自動車産業においても、欧米の自動車メーカーの背中さえ見えないと自動車評論家は考えていたときに、ゴルフを研究し尽くし開発されたマツダの真っ赤なファミリアが誕生し、欧米の自動車メーカーの背中が見えたこの車を表彰するために生まれた省がカー・オブ・ザ・イヤーである。
しかしながらこの当時は、あらゆる会社のあらゆる商品は、ある意味同業他社のコピー商品である、先ほどのファミリアのトヨタ版がカローラⅡで、日産版がマーチ、ホンダ版がシビック、三菱版がミラージュで格好からスペックに至るまで全てにおいて、オリジナルに似せて作られており、ある意味車だろうと、何であろうとJIS規格で定められた鉛筆を販売するように、あらゆる商品が販売された。同じ価格・同じ性能のモノを販売するためには、能力は出来る限りない方が正しく、体力のみが売り物であることが求められた。
この時代をある意味代表する商品が消しゴムのMONOである。この消しゴムは、そもそも鉛筆のおまけであった。鉛筆そのものに、差が付けられなかったため、消しゴムというおまけで差を付けたのである。
この時代、何も思考しない、脳味噌筋肉が最も正しい時代であり、同時に1940ー1955年位に生まれた無思考世代に取って素晴らしい時代である。バカって素晴らしい、バカって最高!こそ、この時代のキーワードでもあるが、同時にまじめな時代であり、このまじめさの差が多くの企業を大企業と化す一方、ダメ会社の2種を誕生させた。
例えば、オイルショックを人災と考えた会社はそれまでの初期コスト重視型からローディングコスト重視型に変更させ、ダメ会社は、天災と考え、それまで通りの初期コスト重視型に分けた。
ここで人災と考えた会社は、次の時代の人材を養える体力を作り、天災と考えた会社は、次の時代を 担える人材の確保が出来なかった。
このため、この時代以降、一流会社とダメ会社において、人材認識が変更された。
佐藤優氏の著作に東郷元オランダ大使の科白として、有能な人材の序列がでていた。
1、能力があり、やる気のある人
2、能力があり、やる気のない人
3、能力がなく、やる気のない人
4、能力がなく、やる気のある人
この序列において、一流会社は1ー4の序列であるが、ダメ会社は4を最も評価する。1は自分の邪魔になるため、排除に働き、2は気に入らない。
こうなると組織は3と4しか残らず、世代を繰り返していくと、下方限界がやってくることになる。
佐藤氏のいた、外務省は当然ダメ組織なので、1、2の排除のため、彼は外務省に排除されたが、外務省そのものは、人材の下方限界をそろそろ迎えることになる。
これは、戦前の日本海軍や陸軍に見られた傾向でもある。
これは、太平洋戦争開戦は最悪の中の最良の選択であると言える。
もう少し遅ければ服部卓四郎首相の辻政信参謀総長となり、日本人は全滅している。
これが、もっと遅くなれば、辻政信総理と瀬島龍三参謀総長で、これは、一木一草残らず死滅を意味するため、東条であることは、最悪の中の最良の選択と言える。
80年代 自動化時代
この自動化時代になると、外観だけではなく、取り付けやすい設計を考慮に入れるようになった。
これは、機械に取って取り付けやすい設計技術を学んだため、その後のセル生産方式においても、自動化時代の取り付けやすい設計技術を機工設計は身につけることになった。
それぞれの時代の影響を受け、生産技術は進歩した。そして、コスト競争力に最も差がでるのは機工設計の能力格差が最もでてくる。
1、セル生産若しくは混流生産に対応できる。
2、自動化ラインに対応できる。
3、規格の意味を知った設計が出来る。
4、開発品のまま製品にし、生産に職人芸を要する。
この1ー4の序列は、現在の機工設計者の能力ランクだと考えられる。
即ち
1、現在の機工設計者
2、80年代の機工設計者
3、60年前の機工設計者
4、生きた化石
である。
例えば4が当たり前の企業で高く評価されていても、社会全体としてみれば、その設計者は一切社会性を有していないことになり、その様な会社に入った設計者は常に社会不適応になるために努力を重ねることになり、努力を重ね20年位しても、社会的にはトレイスしかできない人という評価になり、彼の技術水準は社会的には入社2年程度と同様であり、専門職としては賃金の高い第2新卒と同様であるが、40過ぎた実質第2新卒を雇う会社は存在しない。
これは、他の職責にも言える、現在自分の行っていることや先輩社員や課長を見て、この会社でいて、社会的専門的知識を身につけることは可能かどうかを判断すべきである。
本来は、この判断基準は全ての40歳未満の人々が身につけるべき最低限能力である。
何故なら、40歳未満の人々全ては、終身雇用は完全に崩壊した頃に入社しているのである。
この状況下で大切なことは、自分の行っている仕事の社会性である。
社会性の存在しない仕事(その会社独特)で、経理や人事以外は常に社会性が大切である。
例えば営業職で、その会社は予算達成に重きを置き、シェアに重きを置かない会社であるのならば、その会社の営業職の人々は、その会社でしか通用しない営業職であり、その人の社会的定年は、大卒ならば21歳である。
名刺交換も出来ない営業と言える。
なぜならば、日本の全ての会社、いや世界中全ての会社の営業の使命はシェアの向上である。
シェアの取れない営業職集団の言い訳が予算達成なのである。
年率20%で成長している業界で、前年同期と同額若しくは気持ち上昇は、2ー3年後に、その会社の製品は、その市場から撤退する事になる。
そのような会社に半年以上いることは、社会適応能力を削ることにより、生活していることを意味する。
社会は常に変化する、特に資本主義の世界では、技術は社会を変える。
日本には、江戸時代という、ある意味不幸な時代が250年間存在した。
技術革新を完全に否定し、古い物を大切にする、”モッタイナイ”という考え方である。
モッタイナイは現在では、環境に対して有効的な考え方と思われているが、その意味することは、停滞である。
人々の欲望の否定である。
人々の努力の否定である。
モッタイナイとは怠惰を正しいとする考え方である。
現在の様な大量消費大量生産の時代で、モッタイナイは、最後の最後まで地球環境を破壊する史上最大の兵器である。
もし、モッタイナイを使うのならば、脱大量生産大量消費の次の時代にこそ、進める考え方である。
それまでの道のりは遠く、厳しい。
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