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2007年9月10日 (月)

再: 瀬島龍三・日経新聞朝刊評伝をI$s$G

 戦略とは、戦争全体の計画。

 戦術とは、戦場での計画。

 戦闘とは、戦場で行われる武力衝突。

 戦略とは、状況における対応計画若しくは状況前の計画。

 戦術とは、状況対応の計画である。

 戦闘の総和は、戦略でも戦術でもなく、戦略と戦術の不在と称するものである。

 戦場(戦術)の総和が、戦略ではなく、戦略不在と称せられる。

 結局の所、瀬島氏は、陸軍時代・伊藤忠時代共に、
状況認識で失敗した、有能な戦略家というより、有能な攻勢に強い戦術家と言うべき人である。
 現在、日本では軍事における戦略家と戦術家の区別は明確であるが、他の世界では不明確で、知識水準が高い人で多くの場合、戦術家と言うべき所を、戦略家と呼んでいるケースが大半であり、一般的には二等兵の銃剣を突くか振るかのケースを戦略と呼ぶケースがほとんどである。
 この点は、ビジネスマンが現在、普通のサラリーマンを指す様に、本来的意味と違うものになっている。本来ビジネスマンは投資判断をする人という意味で、日常業務化しているのは、銀行の頭取のため、ビジネスマンとは銀行の頭取を指す言葉である。
 そのビジネスマンという言い方同様、戦略も意味が全く違う用語の一つである。
 特に戦略という定義は、ビジネス書で使われるようになって、定義が雑で曖昧になり、意味の下方降下がなされた。
 何故ならば、ビジネス書では戦略という用語は使うが戦術という用語は使われていない。この為、ビジネス書では戦略と戦術の混同がなされたと考えられる。
 特にアメリカのマイケル・ポッターの影響が大である。
 ポッターの言っているのは、戦術家の戦略論とも言える。
 また、ランチェスター理論は、戦術的意味合いが強いのに関わらず、戦略的意味合いで捉えられている。
 そもそも、孫子・クラウゼヴィツ・マハンなどの戦略論は思想的意味合いが強く。戦術論は実用書的である。
 にも関わらず、ビジネス関係では、実用書以外の何物でもないものが、戦略と名付けられ、書店に並んでいる。
 そもそも、戦略家は戦略を立てるが、戦術も立案する。そして、戦術家も戦略と戦術を立案する。
 ここで混同がなされるのである。
 戦略家も戦術家も共に戦略と戦術を立案するが、中身にかなりの違いがある。
 現在多くのビジネス書でいう戦略とは戦術家の立てる戦略であって、戦略家の立てる戦略ではない。
 戦術家はある意味、状況を考慮しない。故に戦術家の立てる戦略プロセスや戦術プロセスは後々でも使用可能であるが、戦略家の立てる戦略プロセスは余りにも時代状況に重きが置かれるため、時代の変化により戦略プロセス自体が無意味になる。中にはアホみたいに60年前の石原莞爾の立てた世界最終戦争論を今こそはという、バカがでてくるが、それは使用に耐えない。
 例えば孫子は”兵は凶器”だという。しかし、その背景になるのは、孫子の時代は主要経済は農業である。
 農業は、基本的に年間の生産量のMAX値が決まっている。場合によっては随分少ない生産量になることもある。また工業化社会の様に労働時間を増やしたからと言って生産量が上がるわけではない。労働時間を上げようと、単位面積当たりの労働人口を上げようと、生産量のMAX値に一切の変化はない、そこに戦争を行えば、農業生産に重大な影響を与え、国家財政は破綻する事になる。
 しかし、工業化社会になると、”兵は凶器”ではなく、”兵は失業対策”となったり、第2次世界大戦のアメリカのように、好景気になったりする。日中戦争から太平洋戦争にかけて日本が疲弊したのは、日本がケインズの支配する社会ではなく、孫子の支配する社会だったからである。
 日本で戦略の明確な区別をするのは、日下臣人氏くと塩野七生氏くらいである。
 一般的に使われる戦略とは、戦闘行為の総和を指す風に使用されている。よく勉強している人で戦場での計画を示す。これは、多くの著作が戦略と言いながら、戦場での計画を意味することばとして使用している。
 そもそも、日本のビジネス界では明確な戦略家は育ち辛い環境にある。その理由は、米国の政界や軍隊では、明確に戦略家育成を考えているのに対して、日本では、勝手に育つものと認識しているが、勝手に育つのは、あくまでも戦術家のケースが大半である。
 この米国の戦略家育成に関してはトム・クランシーのジャック・ライアンシリーズである。シリーズ後半では、ライアンは戦略家として書かれているが、初期は彼は、状況分析の専門家として書かれている。
 この点に関しては、ヘンリー・キッシンジャーやライス米国務長官も、若い時は状況分析の専門家である。
 正しい状況分析を行うものが、将来戦略家になるのであるので、瀬島氏は、正しい状況分析を行ってきたわけではない。
 90年代全般に書かれた塩野氏の著作の中で、当時マスコミでは、戦略家の様に思われた、日本の著名経営者をローマの軍団長が勤まるという、表現をし、暗に当時の日本における戦略家と戦術家の区別を行っていた。
 あくまでも軍団長は戦術家である。
 この点に関しても半藤一利氏の著作(勝者の決断)にも瀬島氏が、大日本帝国の参謀本部作戦課の班員だった時のエピソードがでているが、彼は新任の班員に対して”天皇は状況判断しない、決意を示すのだ”と作戦課の命令書の書き方を教えたエピソードがでており、若い時から彼は状況分析をしていないし、当然、戦略にとっては、戦略プランの母とも言える、兵タンに関しては無視、若しくは機械的に思考していると考えられる。
 この状況認識不足と兵タン軽視の思考が伊藤忠を、不動産における巨額損失の原因となったと考えられる。
 また、評伝にはガダルカナルの撤退作戦に関して書かれているが、これも瀬島氏の功績ではなく、米軍の作戦勝ちと見るべきである。
 普通撤退作戦、それも敵の兵力が少なくなったが、意志が強固な場合、”キュウソ猫を噛む”状態を避けるため、相手側に対して火力の弱い箇所を作り出し、相手をその地点に侵攻させた先にジュウシン陣を組み、敵との火力の差によるセンメツ作戦を行う方が、味方の被害が少なくて済む。特にガダルカナルの様な狭い戦場で、地形がいれ組んでいれば、敵がゲリラ戦に持ち込まれれば、味方の被害は甚大になる。それよりは、海上に出して、洋上で潜水艦によるセンメツ作戦を実行させるか、大軍の展開出来る戦場に転戦させ、大軍の火力が有効的に機能する戦場でセンメツさせるのは、通常の戦闘の方式であるため、米国は喜んで、日本軍を撤退させていくため、この撤退作戦を功績と思考するようでは、状況認識能力はかなり劣悪と言うべきである。
 瀬島氏は、戦前並びに伊藤忠時代ともに、攻勢状態においては、名参謀と言うべき存在であるが、俗にいう戦略家と言うべき能力である、大局感や負け戦の場合にとっとと逃げるという判断に乏しいため、伊藤忠は不動産融資の巨額損失を作り出したと考えられ、ましてや歴史的に戦略家というべき能力である所の治乱興亡の利を表すという才覚に関しては、全く見るべきものがなく、あくまでも瀬島氏の能力を高く評価する原因は、現在に至るまで東京裁判の是非を巡る神学論争を続ける日本人の知的退廃ゆえの評価であると考えられる。

 戦術家にとってその場の戦場が全てであり、撤退は敗戦を意味するが、戦略家にとっては個別戦場の勝利よりも戦争全体の可否が重要かする。
 著名な”失敗の研究”に関しても、個別戦場における判断であって、戦争全体の失敗の研究ではなく、この著作自体が、戦略ではなく、戦術に関する著作にも関わらず、著作者は、戦略として定義している。

 作戦は何度かやれば、攻勢状態と負け戦への対応が大事になってくるが、日本で戦略家と評価される人の多くが、負け戦の対応能力がかなり低いと言える。
 負け戦でも、戦場全体の一部で敵を圧している部隊があったとき、そのままの状態を保持するケースは多く、大局で負け戦であれば、少数の部隊ががんばっていても、それは負け戦に過ぎず、その負け戦のがんばっている将官を上位者にすると、結局の所、その将官は他の戦場で巨大な敗北を作り出し、場合によっては全軍の壊滅を指揮することになる。
 この場合は、負け戦と判断したら、とっとと撤退が正しい判断であるが、戦前の日本陸軍は、とっとと撤退した指揮官を臆病者という、言い方をし、アホみたいに戦場でがんばる指揮官を上位者にした。
 維新の英雄西郷隆盛は”軍略(戦略・戦術)は臆病に宿る”と言ったが、戦前の日本陸軍では、この様な知恵も消え去り、多くのダメ会社では、今でもバカ丸出しでがんばる指揮官を上位者にし、負け戦に対して、とっとと逃げる人をやる気がないという言い方を行い、結局、自分より愚かな人を正しいとし、自分より賢い人を間違っていると考え、より最悪の事態を自らの意志で行い、失敗は環境の性にし、成功は自らの実力だということを思考する。
 この負け戦を思いっきり引っ張り上げたのが、バブル崩壊とその処理である。
 日本経済は、不良債権を延ばしに延ばし上げ、税金を大量に投入し、外資系金融機関に差し上げたのである。
 これなどは、負け戦の場合の止め方が分からずに、いたずらに兵士に肉弾突撃と特攻隊にたより、幹部たちは僕はがんばっているという、自己満足だけを作りだした。
 大局における負け戦の場合は、どの様にがんばろうと、結局負け戦である。そこにとっとと負ける、損害をそれほど出さずに負けるところに、戦略の介在する素地があるが、多くのビジネス書では、損害時対応がでていないのである。
 これは、株式投資本にも言える、いかに買って儲けるのかという本は存在するが、いつ止めるのか、ぼろぼろになった市場で、どの様に対応するかは示していない。
 しかし、成功する株式投資とは、どこにいくら投資するかではなく、いつ止めるかの判断である。
 これが出来ることが、戦略的対応が出来るというのである。
 状況判断が出来ず、大局感のない人には、どうあがいても戦略構想は出来ず、良くて無能な戦術家か突進しかできない兵隊にしかなれない。

 まあ、瀬島氏を評価する人たちの多くが野球の巨人ファンが多いので、しかたのないことかもしれない。
 巨人はある意味、本気で常勝巨人を作ろうとしたところに、現在の日本プロ野球界が抱える不幸がある。
 常勝は運が左右するが、不敗は運が作用しないので、本来は巨人は不敗巨人を目指すべきであった。
 不敗とは、ピッチャーは、清原(オリックスへ移籍したが、常勝巨人を代表する4番バッターである)の要求する勝負球(130キロ代のすっぽ抜けのど真ん中)を投げず、打者の嫌がるコースに投げ、野手は、来た球をきちん取り、投げるべき内野手に投げアウトをとっていく。
 野球とは、点を取るゲームではなく、ミスを出来るだけしないことにより、勝利を得るスポーツである。 
 この様なゲームで勝ち続ける事は不可能である。この不可能な事を可能としようとしたのが、読売新聞の考え方であるが、これはまるで読売の辞書には不可能はないと言っているようなものである。
 もし、読売に状況認識をする能力があれば、野球というゲームの本質をつかみ、不敗の巨人を作ると考えれば、不敗の巨人は作ることが出来た。ホームランを30本打てるバッターではなく、守備力が高く、足の速い選手を多く集める方が、年間を通じて負けることのないチーム作りが可能になる。
 ホームランバッターにはスランプがあるが、守備と走塁にはスランプが存在しないから、年間を通じて問題なく戦える。
 こういうチーム作りをするのが、戦略的思考である。現在読売が行っているチーム作りは、一つの打席の積み上げが、ペナントを制覇出来ると考えるチーム作りである。
 読んだ評伝は日経の評伝であるが、この巨人の様なチームのファンが瀬島氏の様な戦術家を戦略家と評価するのである。

 戦略とは、本来は戦争全体の計画である。
 戦術とは、本来は戦場での対応である。
 現在言われている、戦略とは、戦場対応であって、戦争対応ではない。この点で言えば、日中戦争から太平洋戦争は、普通戦略不在の戦争と言われているが、ビジネス書的な世界では、戦略が存在した戦争と言える。

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コメント

コンサル会社→大手商社にいますが、まったく同じ意見です。瀬島龍三が作った組織では、戦術の総和を戦略と呼び、細かな話が非常に重要視されます。

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