恐慌は日本の大チャンス 高橋洋一著
竹中氏のブレーンとして有名だった高橋氏の新著である。
彼の前の著作”さらば財務省”以来の氏の著作である。
氏は数学の能力が高く、ブレーンになった竹中氏の様なバッタものではなく、世界的意味で正当な経済学者である。氏の不幸は日本で経済学者を行っている事である。日本では氏のようなノーマルなコースで経済学者になった人は稀である。
故に、氏の案に反対する経済学者が論理的には反論できないため、常に感情論で反論するのだが、氏は著作で反対意見を述べる経済学者達を勘違いであると言うが実の所、能力的に反論できないため、感情的に反論するのだが、氏はこの反論する人々の感情的部分が見えておらず、この為氏はある意味、言いように竹中氏に利用されたと思われる。
世界的には、経済学者になるコースは、大学は理工科系学部を卒業し、その後経済学に転じるコースが標準コースと言えるが、日本の様に高校時代に数学チンプンカンプンで大学で経済学部に入学し、その後マスター・ドクターと進むコースが一般的である。
このため、90年代に銀行や商社に理系卒業者が入るようになると、”経済学でマスターを取った者を10人入れるより、理工科系卒業者一人に半年経済学を学ばした方が遙かに優秀だ”という事が裏定説になっている。
氏は、エセ経済学者達(日本だと経済学者、海外に出ると素人)に正しい経済学で挑む殉教者の様な立場の人であるが、氏の不幸は、竹中氏や猪野瀬氏という変節漢と組んだことにある。
同時に氏は、理論を進める経済学者ではなく、実証を進める経済学者であり、編集力の非常に弱い人でもある。
これは、氏は社会保障カードの必要性を説くが、日本にはその様なモノは必要ない。
何故ならば、その制度をひいている国々は全て例外なく、日本の様な戸籍制度や住民票を有していない。
日本には、完璧な戸籍制度を持つため、この制度応用で行うべきである。
新たな制度を組んだとしても、文化系大学を卒業したキャリアに、この様な制度を組むことは不可能である。出来たとしても社保庁で行ったような出鱈目なモノを作るのが関の山である。
何を作ろうと、現在の戸籍制度を上回るモノを作ることは不可能であるから、現在の戸籍制度上に乗っけるのが一番リスクが少ない方法である。
この戸籍制度に乗っけるという思考に至らない点が、氏の編集力に疑問を持たせる原因である。
また、氏はフリードマンを初めとする新古典派に造詣が深いが、マックス・ウェバーに関してはかなり毀損が見られる。
特に官僚の行動に関しては、なんのかを一切理解していない。
氏は、心理学とウェバーに関しては再勉強された方がよい。
何故、官僚達が反対するかに関しては、ウェバーの著作から明らかである。
即ち、欧米の官僚が依法官僚であるのに対して、日本の官僚は家産官僚であるために発生している問題である。
郵政民営化に関しての失敗は二つある。
これは氏の領分ではない。
一つは竹中氏のもう一つの面である。
この一つ目の点が、西川氏を郵政の社長にしたが、この西川氏に興味があるのは郵政の貯金と簡保だけで他はある意味どうでも良かった。
この西川氏のどうでも良い部分が結局郵政民営化を失敗させた原因である。
この為、本来は郵政は3代表取締役制を置くしかない。
一つは郵貯簡保、もう一つは配達等のネットワーク、そして最後に郵貯の資産の整理(会館や簡保の宿等の資産売却)に分けてそれぞれで行うべきを一人社長に行い、そればかりか元々郵便局に人材派遣を行っていた人を取締役に加えるのは、公的機関の処置としては、100%誤りである。
郵政民営化は、行うことは正しかったが、行うためにやる方法論は完全に過ちで、この方法論の実行者は竹中氏なので、竹中氏の全責任と言って良い。
これは、郵政に研修業務を請け負っていた派遣会社の社長を取締役に付けていた事に見られたり、雑誌等によると不動産鑑定を竹中氏が懇意にしている機関が行っていた事にある。
政治は、研究と違い、結果責任である。
理念が、どんなに正しかろうと、方法と結果が誤っていれば過ちである。
故に、郵政は過ちであった。
また、氏を初めとする人々は、格差問題に関して常に一つの勘違いを行っている。
その勘違いとは、格差の発生は、国内経済と国際貿易の連立方程式から導き出されているのに、常に格差の話は国内経済の問題点として思考されているのである。
格差は、国際貿易により発生している。そして格差により発生する貧困の問題は、派遣労働の問題ではなくエンゲル計数の問題である。
即ち、派遣労働であっても、その賃金により、住み食べることが可能であれば、貧困そのものは問題にならない。
貧困が問題になるのは、食事を取るのか、住むところを取るのかという二者択一問題に貧困層が置かれることにある。
故に、これは経済学の問題ではなく、政治の問題である。
即ち、貧困層が食べていくためには、農産物等の輸入に関する関税を撤廃する以外になく、そして住むところを提供するには都市部に多くの公共住宅を提供していかなければならない。
貧困問題とは実は、兼業農家問題である。
兼業農家を出身地で生活させるため、不当に高い農産物価格と無駄な公共事業投資を行う事で、兼業農家への所得保証をこれまで行ってきた。
兼業農家の根絶を行えば、農業価格と建設価格は下落することになるため、派遣労働者のエンゲル計数を低下させることが可能になるため、貧困問題の解決に向かうのである。
それを、氏を初めとする人々は明後日の解決策を探ろうとしているため、結論が出ないのである。
これは氏の議論展開だけではなく、本当に大事な点が議論の中心になっていない。
氏は、世界的(理科系学部出身から経済学に転じる)に見ても、ノーマルな経済学者であるのに、比較優位が出てこないというのは、東大の経済学部の経済原論の中には、本当に”比較優位”に関する章は完全に抜け落ちているのだろうか?
比較優位がぬけ落ちていることは、東大経済学部には貿易に関して、一切ぬけ落ちているという事になるのだが・・・・。
比較優位説のない、格差の議論は、グラスにいれて1週間以上放置しておいたビールを飲むようなものである。
運よく飲めても、ひどく不味いし、翌日から1週間以上ベッドとトイレを往復するような議論である。


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